1/09/2017

アニメの価値を決めるのは誰なのか⁉


どうもアニメーターのヨーヘイです。

今回はアニメーションが本来持つ価値、と一般層からの認識の違いについて触れたいと思います。

まず日本ではアニメーターに対して「アーティスト」というイメージを持たれていません。アーティストと言えばミュージシャン。

芸術家と言えばゴッホやピカソみたいな絵描きの巨匠。

アニメーターは落書き好きでそれを仕事にしようともがいてる人みたいなところじゃないでしょうか?

なぜでしょう??

アーティストは本来「芸術家」を意味する言葉なので

絵を描いてそれを売っているアニメーターは紛れもなくアーティストなのです。

それなのに同じアーティストであるミュージシャンとのイメージは歴然…。

素人から見て今一リスぺクトが足りていない業種なのではないでしょうか?

しかし、アニメーションを作ることは簡単ではありません。


膨大な知識と経験から鍛え上げた感覚、そして画力とスピード。

いきなり素人にやらせてできるような仕事ではけしてありません!

なのになぜ一般に向けて「私はアーティストです!」とアニメーターが言いづらい世の中なのでしょう。


私の答えは、

アニメーターはセルフプロデュースが下手な人が大半なのです。

これは歴史をたどればアニメーターに限ったことでは無く、今やある程度のリスペクトを勝ち取ったミュージシャンも含め芸術家全般に言えることです。


誰でも知っているモーツアルトは生前稼ぎも良くなく、努力と作品の質に見合った注目も浴びることなく挙句の果てには埋葬された場所すら誰も知らない適当な葬り方をされています。

ゴッホも世界中で有名ですが絵が高額で取引されるようになったのは死後の話です。


芸術家は表現者であり他人に見せて初めて意味を成します。

そして商業科するとなるとその作品を使って人を感動させられるエンターテイナーでなければなりません。

つまり人に喜んでもらってなんぼという非常に他人想いな人の集まりなのです。

それもあってか、自分の立場や扱われ方というビジネスにおいて当たり前の部分をよく考えていない人が大半です。

ビジネスとは消費者の求めるものを作り提供し、交換条件としてその価値に見合ったお金を受け取ることにあります。

それなのに作り与える事ばかりに夢中になってしまい、喜んだ顔を見て満足。

肝心な自身の生活は今一安定しないというのが芸術家あるあるです。


私もアニメーターでありアーティストであるという自覚を持ちながらも、お金の請求となると恐縮してしまうタイプでした。

「自分を高く売るなんて恥ずかしい」「図々しいと思われたらどうしよう」

これはほとんどのアーティストが一度は直面する感情ではないでしょうか。

特に日本人は謙虚であることに異常なまでに美徳を見出す国なので、よりこういった感覚は強いはずです。



しかし、ロスアンジェルスで毎年行われているCTNというアニメーションやイラストレーター向けのイベントに以前行った際、ブルースカイスタジオのアニメーションスーパーバイザーがステージで語っていた内容が私の感覚を変えました。


素人に「ちょっと絵を描いてみせてよ」と言われても気安く描くな。君の描く線にはそれまでに払って来た生活費や学費、そして投資してきた全ての時間がのっているんだ。それを無料で提供するという事は、君の投資してきたお金をタダであげているのと同じだ。それは同業界全ての人の首を締めることとなる。プロとしての自覚を持て!


非常に分かりやすくありがたい言葉でした。

今はこれが私のセルフプロデュースの基準であり、自らの業種を安売りしない重要な信念になっています。

クライアントから安い額で依頼を受けた際に、

「そんな額ではアニメーション作業に値しない。」

とはっきりと思えるようになりました。

そしてそれを貫くことが同志達であるアニメーター全員そして業界全体のためだと思えるようになりました。

しかし来る仕事を安いから断るを繰り返したとしても業界の今ある定価はそう簡単には変わりません。


何が物の価値を決めるのでしょうか?


作業量でしょうか?作品の質でしょうか?


いいえ違います。 クライアントや消費者からのイメージです。



世の中には原価がビックリするほど安いのに異常に高く売られている物はそこら中にあります。コーラなんかは一缶5円くらいですが100円以上で売られています。

もちろんその逆もあり、作業量が大変なのにまったくお金をもらっていない人たちもいます。それは奴隷の人達です。

2017年という今現代ですら命を犠牲にしてまで金を掘らされている奴隷の人たちが存在します。彼らは水銀の混じった泥沼に素足で入り、素手で金の粒を掘っているにも関わらず、報酬は生きるのに最低限必要な食事だけです。死んだらただ捨てられます。


リアルシュガーも使っていないコーンシロップのコーラ缶が健康にも良くないくせに100円で売られているのに、それと同時に命を引き換えに出してさえいても、暴力に震え利用されている人々が共存するのがこの世の中です。

つまり 定価 をあなたのために平等に決めてくれる組織などそもそも存在しないのです。


定価はそこに存在するイメージ、決められた印象でしかないのです。

それを皆が高いと思えば高い、安いと思えば安いで決まってしまうのです。


しかし、逆を言えばその定価を妥当なものにする努力は消費者でも提供者でもできるということでもあります。


ただ、私はその商品を作っている制作者こそが、本当の価値を知っているはずだと思っています。

アニメーションは特に動き出さないと質の違いが判らない商品ですから素人には出来上がるまで検討が付きにくいのです。(イラストと違って静止画での判断ができない)


ここで肝心なのがアニメーター自身による「セルフプロデュース」です。



上で述べた通り、定価はイメージで決まります。そして芸術関係のイメージを左右するはリスペクト(敬意)です。

「自分にはできないことをやってのけている」「欲しいけど作れいないものを提供してくれている」

という敬意がクライアント側にあってこそ初めて妥当な額を請求できるでしょう。


売れっ子芸能人やミュージシャンに企業側がやたらとペコペコするのはそういう事です。


しかしそのリスペクトを生むためには我々自身が優秀な同業者の実力を認めその名前を言及することが大切です。

2011年に設立されたアニメーションスタジオトリガーは初の元請作品として制作した

キルラキルのオープニングでこんな粋な演出をしていました。






これを見たときは私は「なんと素晴らしい試みだろう!」と感動したのを覚えています。


正直言って私はこの瞬間まで すしおさん のことを知りませんでした!(お恥ずかしい)

今までの画面に映るキャラクターにおまけ程度でポツンと表示されていたクレジットとは見せ方の本気度が違います。

このようにアーティスト個人の重要性をハッキリと表示することで華も持たせられますし、なにより「アニメーションは人の手を通して作られている」という印象を消費者に持ってもらうことができます。

この演出一つあるかないかだけで見た人のイメージ(印象)は大きく変わるものです。

つまりこういった演出がクライアントからのイメージを変え、それがプロダクトの価値に変化していくわけです。

もちろんこれはキルラキルという作品の各部署の監督クラスの方々の名前だけなので、新人アニメーターの給料に直接関係があるわではありません。


しかしイメージ向上が業界全体の価値につながっていくことは間違いないのです。

これはミュージシャンにおいてのプロモーションビデオと同じ考え方です。

そして同業界の中堅レベルまでがある程度の注目を受け、価値が上がれば報酬を貰える角度も増えるでしょう。そうなると業界全体の競争率は加速し、新人でさえもある一定以上の実力が無ければアニメーターとして雇ってもらえなくなることが理想的です。

今は雇用状態も望ましくなく人の出入りが激しいために人手不足、スタジオによっては絵が下手でもとりあえず働けてしまうような状態だと聞いています。

つまりは業界全体を通してブランドイメージを付けていくことで認められるべき価値を見出すということが唯一の突破口ではないかと思っているのです。

この理論で進めていくと恐らくアニメの製作費は確実に上がり、年の制作本数は確実に今より減るでしょう。しかし、質は同時に上がります。もしそれがアニメ制作サイドの妥当な報酬に必然なのであれば、それがあるべくしてある状況なのではないでしょうか。


日本のアニメは国外でとても大きな支持を得ています。

私と同年齢の30代前半の韓国人の友人たちでさえ「ヨーヘー!グランゾートって知ってるかい!?自分は日本の漫画とかアニメは見ちゃダメだと教えられていたけど子供の頃夢中になってこっそり見てたんだ!」と言われたことがありました。
グランゾートは自分も子供の頃に見ていたアニメでした。当時今以上に仲の悪かった韓国と日本の国境を越えて日本のアニメが韓国の子供たちに偏見無しに楽しまれていたことを知った時これ以上無いほどの感動を覚えました。

お陰でその友人だけでなく多くの韓国人の子供たちが日本人に対して良いイメージも持ってくれていたのです。

アメリカにもアニメがきっかけで日本が大好きになり、結果日本旅行に行っている人たちが沢山います。

アニメはエンターテイメントであるが故に、政治家には真似のできない勢いで国境を越えていきます。

そして日本国自体のリスペクトを産んでいるんです。

こんな仕事をやってのけて、その歴史を支えているプロの仕事人達が日本国内の世間から妥当な支持を得られず、満足な給料をもらえないなんてことはおかしいのです。


アニメーター自身が「自分なんて」と思って安い給料に留まりセルフプロデュースを行わないのはもっと大きな問題なのです。

物の定価を決めるのが人々の持つイメージなのなら、そのイメージを我々制作者がまず変えていきましょう。

時間はかかるし、それを良く思わない人もいるでしょう。

それでも、日本のアニメーション制作者はより妥当な報酬と労働環境を得るに値する存在であることは変わりなく、その自信と自覚を持つに相応しい職業だと私は思っています。



8/04/2016

日本での講演のお知らせ

みなさんどうもお疲れ様でございます! 


この度オートデスクさんから講演のご提案をいただきまして 

Autodesk University Japanというイベントにて3Dアニメーションにおける人体のアニメーション技術についての講義を行わせていただくこととなりました。

http://gems.autodesk.com/events/autodesk-university-japan-2016/speakers-7eb6996bf5cd40b6a4dc5db33f1fee50.aspx

 日程は9月8日 午後4時から2時間 の講演となります。

 内容はココ最近かかわっているオーバーウォッチのシネマティックをベースにどういったアプローチでアニメーションに望んだか、そしてそのアプローチを支えてくれている基礎とは何か?について語りたいと思います。


 興味のある方は是非ご参加ください!


7/27/2016

AnitoonAcademiaの冬季クラスがオープンしました!



Anitoon Academia 冬季クラスがオープンしました。

クラス レベル1 のデイタイムクラスとレイトナイトクラス二つ

(講師 ヨーヘイ  Blizzard Cinematic )

Level oneクラスではアニメーションを作る上で無くてはならない重要な基礎を学びます。重さの違うボールの弾み、バウンスィングボールから始め、錠剤型のキャラクター、振り子のペンデュラム、そして人型のキャラクター+一つの物でのアクションへと進行します。極めてシンプルな内容からスタートするため入門者向けでありながらも、この先学ぶこと全ての中でも、最も重要な基礎を身に着けるクラスとなります。最低限のMaya使用方法を事前に学ばれていることを前提といているためまったくMayaに触ったことがない方はAnitoonブログでの予習をお願いしております。

クラス レベル2 のデイタイムクラスが一つです。

(講師 原島 朋幸      PIXAR)

Level twoクラスではアニメーションの基礎を応用し、人型キャラクターを使用し走り、ジャンプ、手の細かな動作など、さらに難易度の高いアクションに挑みます。Level oneクラスでは必要とされなかった感情表現に関する課題もここから追加されるためスチューデントそれぞれの個性が作品にそのまま繁栄されます。求められる技術力はレベル1のさらに上となるためレベル1を受講され全ての課題を通過された方、もしくはレベル1をスキップできるだけのデモリールのある方が参加対象となります。デモリールにも残る作品がここから生まれてきます。もし新たなレベルにチャレンジされたい方は是非受講ください!

詳しくはanitoonacademia.comでご確認ください☆


3/05/2016

5月より開始するAnitoon Academia新クラスの受講生募集を開始いたします!



みなさんご無沙汰しております。

この度Anitoon Academiaにて新たな学期を作るとともに、

2期生の募集を開始いたします!

以前よりございましたアニメーションの基礎となるレベル1のクラス

そしてその次となる本格的アクションクラスレベル2を開始いたします。

どちらも私がAcademy of Artの学生だった祭に受講していたPIXARクラスの内容を基盤としております。

アニメーションをこれから始める方は現在読まれているAnitoonJapanブログの

Maya入門からの講座動画一覧にて無料で予習を行うことができます。

そこからAnitoonAcademiaレベル1にてアニメーションの基礎を学ぶステップとなります。

そして... レベル1を受講され課題を全てこなすことができた方もしくはレベル1をスキップするのに十分なデモリール(作品集)を持っている方がレベル2の取得が可能となります。

AnitoonAcademiaは
将来海外に出てアニメーターとして活躍する目標がある方には特におススメの内容となっていますが、日本国内でのアニメーション教育環境に満足されておらず、基礎を改めて学びなおしたい方々にも是非受講いただきたい内容となっています。


学ぶ内容は全てアメリカのアニメーションの歴史からなる12原則は元より、それらを3Dアニメーションにて用いた場合の作業方法を公開しております。

是非前向きにご検討ください!


2/16/2016

ポートフォリオを今作るべき理由



さて今回はポートフォリオやデモリールをこれから作り始めようと思っている方に向けて、

自身の作品集を作るべき理由について解説しようと思います。

私のブログはアニメーションに特化したものですが、

このお題はほぼ全てのアーティストにとって共通する通過点となります。



まずポートフォリオやデモリールといったものは仕事探しのために

必要、というのが一般的に誰でも知っている理由です。

もちろん作品が見せられなければどこの会社も雇ってくれないからですね。


しかし、この「就職活動用」というイマイチ盛り上がらないイメージが

本来ポートフォリオがアーティストにもたらす

素晴らしい効果を隠してしまっています。



まず「仕事探しのために!」と思うと誰もができるだけ完璧なものを用意しようとします。

それ次第で仕事が決まるとなればそうなって当たり前ですね。


しかし、ということは学生の間は卒業して就職活動をするまで

ポートフォリオは作らなくていいということでしょうか?


もしくは卒業してからも満足のいく作品集ができるまで人に見せるべきではないのでしょうか?


答えはハッキリしています。


いつでもその時手元にある作品をかき集めて作るべきなのです!

そしてそれをネットで公開するなり人に見せるべきなのです。


なぜなら、本来ポートフォリオやデモリールがもたらす効果とは、


現時点での自身の実力を見える形にし、そして受け入れることにあるのです。



これからあんなアーティスト、こんなアーティストになりたい!


そう願う自分に「今」必要な物、それはそうなるための「成長」なんですね。


目標に辿りつくためには今以上に上手くならなければならない


上手くなるためには自分が成長しなくてはならないからですね。


そして成長とは今の自分に無いものを取り込み進化することです。


つまり「今の自分に無いもの」が見えて居なければ我々は進化しようがなく、それを見るためには

言い訳の効かない「今の自分の実力」を形にすることなんです。


作品集を作ってみましょう、そしてそれを自分で眺めてみましょう。


自分でアレコレ言いたくなります!w


「ここ、本当はこうしたかったんだよねぇ」


「ここはねぇ時間がなかったんだよねぇ」


「ここよくわかんなかったからとりあえずこうしたんだよねぇ」


ポートフォリオを初めて作った際は誰でもこうなります。

しかしなぜそれを直していないのか。それは人に見せてないからです。


人に見られなければ細かいことは気にしなくていい

誰でもきっとそんなもんです。



でもそれではまるで「趣味」なんです。

趣味に対しては、他人が何かをとやかく言える権利はありません。


しかし、そもそもポートフォリオとデモリールは就職するためのものでした。

つまり最終的には思いっきり他人にジャッジされるべき対象なのです!


ただ、何も文句を言わせなければ確実に仕事はGETです!

そんな作品をあらかじめ用意するためには

事前に人に見せてできるだけ沢山の意見を貰っておく他手はありません。


作品集は仕事を得るためだけではなく自身の成長のために必須という内容でしたが、結局回りまわって就職にも繋がっているんですね。


と、いうことで今現時点でまだ作品集が無い方はさっそく作ってみましょう。


その出来上がったものが今現時点での自分です。

人によっては落ち込むかもしれません、それでもいいのです。

そこを通らなければ胸を張って作品を人に見せられる日は来ません。

プロのアーティストとなるということは作品で他人を幸せにして代わりにお金を頂くということです。


自分で自分のダメさに凹んでいる時間はないのです。


ダメならダメなところを良くして満足してもらえるように良くしていけばいいのです。

それを繰り返していればおのずと人が喜んでくれるものが作れるようになります。


絶好の機会はひょっとしたら今かもしれませんよ!?